2022年5月29日、第22回マリンバイオテクノロジー学会のシンポジウムとして「DX革命とマリンバイオテクノロジーの将来」が開催されました。このシンポジウムは、豊かな水産資源を育みながら、沿岸には多くの産業を抱える駿河湾をモデルケースとして、海洋産業におけるDX化について、特にマリンバイオテクノロジーに焦点を当てながら議論することを目的に、私達MaOI機構が企画しました。シンポジウムでは、MaOI機構の五條堀 孝 研究所長、笹川平和財団海洋政策研究所の赤松友成研究部長、東海大学海洋研究所の平朝彦研究所長がご講演されました。ご講演の後にはパネルディスカッションが行われ駿河湾のDXについて熱い議論が交わされました。
各先生のご講演内容について、内容の要約を作成しましたのでご覧ください。
講演 駿河湾DXとバイオテクノロジーへの活用
MaOI機構 研究所長 五條堀 孝 氏
本シンポジウムの第一の演者は一般財団法人マリンオープンイノベーション(MaOI)機構の五條堀 孝 研究所長で、駿河湾DXとバイオテクノロジーへの活用と題してご講演されました。
五條堀 研究所長はまず、MaOI機構が駿河湾をはじめとした静岡県沿岸地域を海洋産業クラスターとして発展させることを使命として設立された機構であることをご説明されました。特にMaOI機構が管理運営するデータプラットフォームBISHOPについて詳しくご紹介されました。
現在、BISHOPでは静岡県沿岸の設置された定点の水温など海況データや黒潮流路図、公共水域の水質データなどが閲覧できるようになっております。ご講演の中で所長は今後もBISHOPのデータおよびコンテンツの拡充を進めていくとお話になられました。特に五條堀所長ご自身のご専門分野でもある生物ゲノム情報については、サクラエビなど静岡県の主要な水産資源のゲノム情報、水産資源の生態の重要な環境中のゲノム情報(eDNA)、環境指標となるほか工業的にも利用の可能性のある微生物ゲノム情報(メタゲノム、シングルセルゲノム)などを今後も積極的に収集し、近い将来、”海洋生物遺伝資源ライブラリー”としてデータベース化するとの構想をお話になられました。本シンポジウムのタイトルにもあります”DX革命とマリンバイオテクノロジー”の将来像の一つが想像できるお話でした。
また五條堀所長は、今後BISHOPでは人工衛星から取得される観測情報など新しいデータも積極的に取り込んでいくというお話もされ、BISHOPを静岡県海洋産業クラスターのDX技術の中核となるプラットフォームに育てるという方針を示されました。
文 齋藤禎一 MaOI機構上席主幹研究員
講演 海洋音響をからみたマリンイノベーション〜駿河湾を例として〜
笹川平和財団海洋政策研究所 研究部長 赤松友成 氏
シンポジウム第二の演者は笹川平和財団海洋政策研究所の赤松友成先生が「海洋音響をからみたマリンイノベーション〜駿河湾を例として〜」というタイトルでご講演されました。
音響は、例えば魚群探知機のように古くから海洋産業で利用されてきた技術ではありますが、近年は水温や流速の測定、3Dマルチビームソナーを利用した海底地形計測、さらには水中ドローンを遠隔で操作するための情報通信とその応用の範囲は広がっております。
赤松先生がご研究されているのは海洋生物の音響リモートセンシング。 水中の音響データを集めることで、その周辺にいる生物種を種特有の音から推定できる技術だそうです。赤松先生のご説明では音響データは、データそのものの取得は簡単で、一定時間連続してのデータ収集も可能。しかも音響データは複数のセンサーを配置することで音源の位置を推定できるほか、データ転送システムを組み合わせればリアルタイムでの計測も可能であるということでした。
赤松先生がご紹介された房総半島沿岸での先行事例では、20観測定点を設けて音響リモートセンシングを実施。データ解析結果ではシログチ、スナメリ、テッポウエビの個体密度が広範囲に示されておりました。音響リモートセンシングが対象生物の個体密度を検知できる範囲は20km x 20km 以上の広さに及ぶということであり、先生の試算によればセンサー1つで清水の三保の松原から西伊豆までセンシングが可能とのこと。
また、駿河湾を往来する船舶にソナーを装着しただけで湾全体をセンシングできるという先生の試算なども紹介され、海のDXがこの分野でも急速に発展することを端的に示されました。
文 齋藤禎一 MaOI機構上席主幹研究員
講演 駿河湾学のすすめ 〜 地球生命科学からのアプローチ
東海大学海洋研究所 所長 平朝彦 氏
本シンポジウムの最後の演者は東海大学海洋研究所の平朝彦先生が” 駿河湾学のすすめ 〜 地球生命科学からのアプローチ“というタイトルでご講演されました。
平先生は国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)で日本を取り巻く海洋地質を研究されてきた地質学の第一人者で、南海トラフ地震の中心的研究者としても知られております。JAMSTECの理事長を務められた後、東海大学海洋研究所に移られ、今は駿河湾を対象に研究活動を続けられております。平先生のお考えでは、駿河湾は海洋・地球・生命・社会の 相互作用を学ぶ最高のフィールドであり、特に陸地・人間社会と深海のユニークな関係が研究できる対象であるということ。現在東海大学では駿河湾を中心に据えたリベラルアーツの体系化を目指しており、これを駿河湾学と命名されたとのことでした。
平先生が着目されているのが、富士川の洪水時に発生する混濁流と、混濁流によって海底に堆積した混濁流堆積物(ダービダイト)。富士川起源のダービダイトについては、四国沖の南海トラフにまで運ばれ、長い年月をかけて堆積されてきたことが平先生ご自身の研究で明らかとなっております。しかし2018年10月、富士川で洪水が発生。その際に、駿河湾富士川沖水深1500m付近に設置した地震計が流されたことで、富士川洪水混濁流が地質学的な長い時間ではなく、リアルタイムで駿河湾海底環境に影響を及ぼしていることが確認されました。
先生は、洪水混濁流は陸上植物片、土壌、人工物、淡水、熱を深海に運搬しており、近年の台風・豪雨の増加でその頻度は大きくなっている可能性があるとお話になりました。現在、東海大学のグループでは、駿河湾海底のダービダイトの調査を行っており、陸上植物由来の有機物が深海に運び込まれていることがわかってきたということ。平先生はこの有機物層を新たに深海腐植層と名づけ、今後、様々な海底センサーの導入やJAMSTECの船地球号を動員しての海底掘削も視野に入れた調査を考慮中とのことでした。
先生のご講演を拝聴し、洪水混濁流による陸上と駿河湾深部との物質循環のリンクやそこに展開される生命圏を解明することで、駿河湾深部を素材としたマリンバイオテクノロジーが大いに発展するものと期待されます。
文 齋藤禎一 MaOI機構上席主幹研究員
3名の先生のご講演の後は、パネルディスカッションが行われました。演者の先生は皆、ご自身の構想について「大風呂敷を広げすぎた」などと謙遜されておられましたが、私にはどれも現実味を十分感じられるお話でした。政府も現在、デジタル田園都市構想などに見られますように、DX化を強く推進しております。駿河湾は豊かな生物資源に加え、沿岸には産業も発展しております。私も今後、駿河湾が海洋産業クラスターとして世界をリードする存在へと発展できるよう、まずは駿河湾のDX化推進に貢献していきたいと思います。
文 齋藤禎一 MaOI機構上席主幹研究員

