2022/06/30
令和3年度第4回MaOIセミナー (基調講演:生物はなぜ死ぬのか)

2022年3月14日第4回MaOIセミナーが開催されました。今回のセミナーは東京大学定量生命科学研究所 小林武彦教授をお招きし、「生物はなぜ死ぬのか」という演題でご講演いただきました。小林教授は演題と同タイトルの著書が講談社現代文庫より出版されておりベストセラーとなっており、また昨今ではテレビでもそのお姿をよく拝見します。


ご講演ではまず、先生ご自身が伊豆地方の海山で自然観察を楽しまれているお話からはじまり、近年の伊豆の自然が様変わりきたという印象を受けていること、そしてこのことは伊豆に住む生物の入れ替わりが起きていることを意味しているとご説明になりました。生物の入れ替わりというのは、既存種が絶滅し、新しい種が登場したということ。先生は、隕石衝突に引き起こされたと考えられる恐竜の絶滅と哺乳類の繁栄のエピソードをまじえながら、地球上では既存種の絶滅との新しい生物種の繁栄が繰り返し生じ、これが生物の進化を引き起こしてきたというお話をされました。

先生のお考えでは、地球上には常に他種多様な生き物が存在する。そして環境が大きく変動すると、それまで繁栄していた種は急速に滅び、その後は残された生物の中から新しい環境に適応する新しい生物種が登場するということ。小林先生はご講演の中で”利己的な生、公共的な死”というお言葉を紹介されておりました。古い生物種の死が新しい生物種の誕生すなわち進化を促し、地球上の生物の繁栄を維持してきたということであれば、まさにその言葉通りだと、大変感銘を受けました。

しかし、進化というのは数万年単位の長い時間軸で生じるものであるのも事実。人生100年スパンの人間にとっては、数万年後の進化のために死ぬよりは、今を長生きしたいものです。小林先生も人間の長生きしたいという欲求については(当たり前ですが)よくご理解されているようで、現在の科学における長寿薬の開発状況についても本公演でお話しされました。

先生がお話しされたのはサーチュインという遺伝子。先生ご自身も第一線でご研究され、酵母においてはこのサーチュイン遺伝子の活性化が細胞の寿命を長くすることを明らかとされております。サーチュイン遺伝子は、ヒトや他の生物でも見つかっており、長寿遺伝子として注目を集めております。また、長寿薬の開発を目指して、サーチュインの遺伝子発現を促進する物質の研究も進められており、サプリメントとしてもすでに発売されているようです。しかし、いわゆるサーチュインの遺伝子発現促進物質については、投与した生物の寿命延長を示す研究結果と、関連性を示せない研究結果が両方存在するようであり、科学的には長寿化の効果を実証するには至っていないそうです。一方で、現在研究されているサーチュイン遺伝子活性化物質に、発癌性など、人体へのネガティブな影響は認められていないとのこと。私の個人的な意見ではありますが、もしお金に余裕があるのならば試してみてもいいかもしれないな、と思いました。

“死”は哲学的なテーマも多分に含む難しい概念ですが、小林先生はユーモアを交えながら、「地球上で生物が進化し続けるために必要不可欠な重要なシステム」として、死についてわかりやすくご説明いただきました。小林先生は「生物はなぜ死ぬのか」以外にもゲノムや寿命について本を出版されております。皆様もご覧になってみてはいかがでしょうか。

文 齋藤禎一 MaOI機構上席主幹研究員